彼は優先座席を目指し、腰をかける前に周囲の乗客に対して言った。
「私は医療器具を着けているので、携帯電話を使用しないでください」
乗客の多くは携帯電話の電源を切る仕草をした。
ところが、乗客の中の高校生と思われる少年が3人、
携帯電話でメールを続けていた。
初老の男性は彼らの前に立ち、
「私は医療器具を着けているので、携帯電話を使用しないでください」
と、先程と全く同じ台詞を彼らに言った。
携帯電話の電磁波は、あの初老の男性にとっては、
自らを殺害する凶器であるに違いない。
電車の乗客全員が、銃口を頭に突きつけてきている。
その中で彼は、何の罪もない彼が、
許しを乞うかのように携帯電話の非使用を訴えた。
3名の少年が使っている携帯電話は、僕の見た限りでは、
DoCoMoの比較的新しい機種であり、少なくともPHSではない。
よって、彼らの銃口は初老の男性の頭に向けられている。
だが、彼らはこう言うかもしれない。
「おじさん知らないの?最近の携帯電話には電波オフモードがあるんだよ」
電波オフモードであれば、電磁波は発生しない。
だが、銃弾が込められていない拳銃の銃口を頭に突きつけられた場合、
まさに引き金を握っている彼が、
「大丈夫、玉は入ってないよ」
と言われたところで誰が信じられるだろうか。
彼にとってはまさにそれは凶器であり、自らを死に追いやる悪魔でしなかい。
あるいは、彼らはこういうかもしれない。
「やだな、おじさん。これは携帯電話のモックだよ、モック」
モックであればそもそも携帯電話としての機能を何も有していないのであるから、
医療器具の支援を受けている初老の老人に対して影響はない。
だが、今、まさに銃口を突きつけられている状態で、
「大丈夫、これはおもちゃの拳銃だから」
と言われたところで誰が信じられるだろうか。
どう考えても、3名の少年は銃口を頭から下げるしかないはずだ。
初老の男性に懇願された3名の少年は、何を思ったのか笑いながら、
優先座席と反対側の車両隅に移動して、
さらに携帯電話を使って何かをしているようだった。
3名の少年はしきりに初老の男性に目をやりながら、
嫌悪感を覚える笑い声を周囲にばらまいていた。
僕は持っていたPHSを彼らに向けて引き金を引いた。