新幹線の乗車前と乗車後の気温の差で
季節を3つくらい戻ったような気がする。
JR線に乗り換えて、
僕の友人が昔に住んでいた駅で降車する。
小さな駅だったし、加えてバス移動が多かった僕は、
あまりこの駅を利用したことはない。
目の前にある大きな電気屋は、
知らない内に赤い看板が緑になっている。
僕がまだこの電気屋を利用していた頃から、
この電気屋は経営が文字通り赤だったらしく、
最終的に緑になったのは看板だけだったようだ。
当時は鬱陶しいだけだったテーマソングを思い出して、
その無茶苦茶な歌詞を少しだけ懐かしむ。
ここからならタクシーでも初乗料金で済むだろうと思い、
愛着のあるMKタクシーを選んで乗車する。
目的地が少しずつ近づく。
6年間見続けてきた景色が広がる。
僕は少し歩きたかったので、
目的地より徒歩10分ほどの場所で降車する。
ほんの少し歩くと、
最高の珈琲でもてなす最高の喫茶店見える。
何度も寄ろうか寄るまいか悩んだが、
ここへは妻と来ないと意味がないような気がしたので、
マスターが元気でやってることだけ横目で確認する。
陽気にグラスを拭いている横顔がある。
細い路地を抜けた先にある「東門」に、
「おかえり、304851の卒業生の内の1人」と言われたような気がした。
まったく当然のことなので、
あまり大きな声では言えないが、
僕の目的地はやはり存在した。
僕が6年を過ごしたこの場所は、
僕がいようがいまいがお構いなしに、
この場所にあり続けていた。
例えば視覚で言うならば、
そこにあるものが反射する光を、
僕の水晶体の奥に構える視神経が受け取り、
そこにあるものを「そこにある」と僕に思わせる。
ところが、僕が観測せずとも、
この場所はこの場所にあり続けた。
そのことに、馬鹿げているが、驚いた。
だが、僕がこの場所を観察していない間、
この場所の時が止まっていたならば、
あるいはこの場所が存在していなかったなら、
僕はそれに満足したのだろうか。
ある友人と再会した。
元来の面倒臭がりの僕が、
自分から連絡を取った人の1人だ。
懐かしの学舎の前で話しながら煙草に火をつける。
彼もそうしようとして取り出した煙草は、僕と同じ銘柄だった。
今となってはあまりにも有名になってしまった煙草、BlackStone。
彼は「影響を受けまして」と言っていた。
僕がいなくなったこの場所で、
僕の代わりにBlackStoneの香りを、
彼はこの場所に留めておいてくれていた。
それが無性に嬉しかった。頼もしかった。心強かった。
一方で、僕の残したものが確かにここにあったことが、
僕のくだらない自尊心を満足させると同時に、
それがくだらないことにも気付かせた。
彼は今年で卒業になる。
もう僕の知る限りでは、BlackStoneの香りを残す者はいない。
だが、そんなことはもう、どうでもいい。